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電子処方システムへの養豚農家の参加意欲に影響を与える要因

発表者

藤本恭子(東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座学術専門職員)

横山隆(東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座特任教授)

杉浦勝明(東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座特任教授)

発表のポイント
  • 日本では養豚分野における抗菌剤使用量削減のため全国的な電子指示書システムの構築が課題となっています。

  • 養豚農家へのアンケート調査を通じて収集したデータを分析した結果、電子指示書システムへの参加意欲の高い農家は、抗菌剤使用量を削減したいからではなく、むしろ、ITリテラシーのある農家が、今後の養豚業の業務・経営や管理の改善に活用するために参加したいと考えていることが判明しました。

  • この結果から、将来全国的電子指示書システムの構築にあたって農家の参加率を高めるには、電子指示書システムの参加のメリットや利便性、参加することによる経営改善の可能性、ITやデータ管理への高度な知識がなくても参加・対応ができることの強調が効果的であることが示唆されました。


発表内容

【背景】

 薬剤耐性菌(AMR)問題が世界的な公衆衛生および家畜衛生上の問題となっている。薬剤耐性菌の出現や伝播の機序は複雑で完全には解明されていないが、抗菌剤の使用が耐性菌出現の主要な原因とされている。そのため、動物用抗菌剤の適正使用・慎重使用により、選択圧を下げることは、耐性率を下げるための重要な戦略の一つと考えられている。オランダやデンマークなど一部の国では電子的なシステムを整備し、農場レベルでの使用量を電子的に収集してベンチマーキングを行い、抗菌剤使用量の削減を図っている。また、他のヨーロッパ諸国と比較し、比較的抗菌剤使用量が多いイタリアやスペインでは、2019年より全国規模の電子処方システムが導入・義務化され、農家レベルでの抗菌剤使用量のモニタリングが開始された。

 日本では、家畜に使用される動物用抗菌剤は事前に農林水産大臣の承認を受けなければ、製造・販売できない。また、牛、馬、羊、山羊、豚、犬、猫、鶏を対象とする動物用医薬品は、外用剤を除き、獣医師の処方による使用のみが許可されている。現在、指示書は獣医師により紙媒体で発行され、その写しが家畜保健衛生所に提出されている。しかし、指示書データのデータベースへの入力などに時間と手間がかかるため、指示書データは十分に活用されていない。指示書データを迅速に収集・分析し、その結果を農家への指導等に活用することにより飼養衛生管理の向上や動物用抗菌剤の適正使用につなげるには、電子指示書システムの構築が有効とされている。こうして収集されたデータを分析することで得られる情報により、動物の飼養衛生管理の改善と、農場レベルでの抗菌剤の適正かつ慎重使用につながると考えられる。

 将来全国的な電子指示書システムの構築にあたり参考となる情報を収集するために、現在、養豚分野で電子指示書システムの実証試験事業が実施されている 。この事業の一環として、養豚農家を対象に電子指示書システムへの参加意欲、ITスキル、抗菌剤使用量削減意思等に関するアンケート調査を実施した。本研究では、アンケート調査の結果をもとに農家の電子指示書システムへの参加意欲に影響を及ぼす要因の特定を試みた。この要因を特定し課題を整理することで、養豚農家への電子指示書システムの普及、ひいては日本の飼養衛生管理の向上や動物用抗菌剤の適正使用に寄与すると考えられる。

【材料と方法】

 農家の属性(年齢、性別、養豚業に従事した年数など)に関する質問に続き、IT機器の使用状況6問、生産管理記録状況6問、指示書発行状況7問、電子指示書システムに対する操作の可否や期待11問、耐性菌問題への認知や抗菌剤削減の意思5問、システムへの参加意欲や意見2問の多肢選択式または記述式の質問からなる調査票を作成し、アンケート調査を実施した。多肢選択式の質問に対し、4~5の選択肢から1つ選ぶようにした。調査の冒頭で、調査の背景と目的を示し、回答には匿名で記入いただき、当該事業・研究の他には一切利用しないことを記載した。アンケート調査票は(一社)日本養豚協会を通じ養豚農家を通じて2020年10月1日に日本養豚協会会員1,625件に配布し、11月30日までに388件の回答(回収率は23.9%)を得た。なお、本研究は、東京大学大学院農学研究科のライフサイエンス支援室の研究倫理審査承認(H農20-013)を得て行った。

 388の農家について、回答者の属性と多肢選択式の回答を農家ごとに入力し、データベースを作成した。年代、経営年数、飼養頭数については線形変数、性別、学歴、地方(農家所在地)、経営タイプ(繁殖、一貫、肥育)、使用電子機器、医薬品購入の流れのパターン、紙媒体の指示書の問題点、電子指示書に期待することについてはカテゴリ変数として、IT知識の程度、IT知識の向上への関心については順序変数として入力した。

 分析にあたっては、入力したデータのうち3段階以上の順序変数については、たとえば、選択肢1または2(否定的回答)を選んだ場合は0とし、選択肢3,4または5(肯定的回答)を選んだ場合は1にするなどして2値変数にした。無回答の問については、欠損値として処理した。また、豚の飼養頭数については、対数変換し正規性を確保した。

 電子指示書システムへの参加意欲を目的変数、それぞれの設問回答を説明変数とし単変数二項ロジスティック回帰分析を行った。単変量分析により有意な関係性が認められた変数(p<0.2)が多かったことから、電子指示書システムへの参加意欲に対して相応の関連があった変数に対して主成分分析を行い、変数の次元縮約を行った。主成分数は、ガットマンカイザー基準および累積寄与率を用いて決定した。分析前にKaiser-Meyer-Olkin(KMO)測度およびBartlettの球面性検定を用いて標本の妥当性を確認した。次に、電子指示書システムへの参加意欲を目的変数とし、主成分分析にて得られた主成分と農家の属性(年齢および所在地域、豚の飼養頭数)を説明変数として用いて多変量解析を行い、ステップワイズ法を用いてAIC値に基づき最も予測能力の高いモデルを特定した。すべての統計処理はSPSS statistics version.27(IBM)を用いて行い、統計的有意水準はp<0.05とした。


【結果】

 農家の属性-回答者の属性、回答の分布を表1に示す。計388件の回答のうち、365人(95.8%)が男性であった。調査協力者の年代としては40代と60代のカテゴリが最も多く、養豚業の平均経営年数は31.4年(n=369、SD=15.7)であった。農家の年代と経営年数に相関関係(Pearsonの相関係数0.450**、P<0.01)があるため、回帰分析には農家の平均年代を採用した。また、経営タイプでは一貫生産農場が91.5%を占めていた。養豚農家の平均飼養頭数は7,281頭(n = 382, SD = 17.5, 範囲: 21-221,740 )であり、正規性を確保するため対数変換し、分析を行った。

 単変量回帰分析の結果-「電子指示書システムへ参加したいか否か」を説明変数、農家の属性も含めた各設問を目的変数として単変量二項ロジスティック回帰分析を行い、相応の関連(p<.20)があった10の変数を主成分分析の対象とした。

 主成分分析の結果-KMO測度は0.687で、Bartlettの球面性検定はP<0.000で有意であり、標本の妥当性が確認された。ガットマンカイザー基準では第1~3成分までが固有値1以上であり、また、第4成分の固有値が1に近く(0.934)、第1~4成分の累積寄与率60%を超えたことから、第1~4成分までを多変量ロジスティック回帰分析に用いた。これらの成分選択には、主観的分析であるスクリープリットも用いた。

 主成分分析の結果得られた第4成分までの因子負荷量は表2の通りである。第1成分(PC1)は、寄与率28.15%であり、負荷量の大きい変数は「電子指示書システムの操作の可不可」、「飼養頭数入力の可不可」、「IT知識の強弱」「IT知識の向上意思」「ITによる頭数管理」であった。すべての変数がプラスとなっており、回答者がITに対する高い意識を既に持っている、持ちたい、ということから、第1成分は「高いITリテラシーをもちある程度積極的な経営管理姿勢」を表す合成変数と考えられた。

 第2成分(PC2)は寄与率13.65%であり、負荷量の大きい変数は、「購入量の集計の有無」「1頭あたりの薬剤使用量の把握」、そのほか、「ITによる頭数管理」や「PigINFO等ベンチマーキングシステムへの参加意思」であり、一方で第1成分では負荷量が大きくなっていた「IT知識の強弱」と「IT知識向上意思」の負荷量は負であった。データを用いて細密な経営管理を普段から行っており、なおかつITと用いない(得意としない)ともとらえられ、第2成分は「IT志向性のない経営管理への積極性」を表す合成変数と考えられた。

 第3成分(PC3)は寄与率11.23%であり、負荷量の大きい変数として、「薬剤購入についての蓄積データの活用意思」「PigINFO等ベンチマーキングシステムへの参加意思」「オンライン診療への興味」であり、現在はITによる経営管理は行っていないが、将来的にデータ、IT等を活用して経営に活かしたい、ということから、第3成分は「現在は経営管理習慣を持たないが将来のデータ活用への積極性」を表す合成変数と考えられた。

 第4成分(PC4)は寄与率9.34%であり、負荷量の大きい変数として、「1頭あたりの薬剤使用量の把握」「薬剤購入についての蓄積データの活用意思」であり、より薬剤使用量を意識した養豚を目指している、ということから、第4成分は「薬剤使用量への意識」を表す合成変数と考えられた。それぞれの成分における各変数の因子負荷量を図1左半分に示した。

 多変量ロジスティック回帰分析の結果―「電子指示書システムへ参加をしたいか否か」を目的変数とし、主成分分析で得られた4つの主成分(PC1、PC2、PC3、PC4)のほか、単変量分析にて有意な関係性が認められた「(回答者の)年代」と「(農家の所在)地域」、対数変換した「農家の豚の飼養頭数」を説明変数とした多変量解析を行った結果、有意なモデルが得られた(P<0.001、R2Cox-Snell=0.167)。PC1(「高いITリテラシーをもちある程度積極的な経営管理姿勢」オッズ比:2.280、95%信頼区間:1.38-3.77)、PC3(「現在は経営管理習慣を持たないが将来のデータ活用への積極性」オッズ比:1.890、95%信頼区間:1.31-2.73)が、有意な変数として選択された(表3, 図1右半分)。的中率は、79.8%であった。

図1 主成分分析および回帰分析の結果

矢印に付随する数値は、主成分負荷量または係数値。矢印の太さは、因子負荷量の大きさ対応する。破線矢印は因子負荷量がマイナス。

IT:情報技術、PigINFO:JASVと農業研機構が共同で開発したベンチマークシステム。


表1

本研究のアンケート調査で得られた回答分布(n=388)

SD:標準偏差

IT:情報技術

PigINFO:JASVと農業・食品産業技術総合研究機構が共同で開発した養豚農家の生産性を監視するベンチマーキングシステム


表2

主成分分析の結果


表 3

多変量ロジスティック回帰分析の結果

**p<0.01, *** p<0.001

次の変数はステップワイズ法にて排除された: 回答者年代 (p=0.357); 豚の飼養頭数 (p=0.468); PC2 (p=0.334).


【考察】

 本研究は、日本養豚協会の会員から回収した388件のデータに基づくものであり、日本の全養豚農家(2021年2月1日現在、3,850戸[6])の10%である。したがって、本研究の結果を日本の一般的な養豚農家を推測、考察する場合は、十分な検討と注意が必要である。

 本研究で用いた多変量ロジスティック回帰分析の結果では、電子指示書システムへの参加意欲に最も影響を及ぼす因子は第1主成分「高いITリテラシーをもちある程度積極的な経営管理姿勢」および第3主成分「現在は経営管理習慣を持たないがデータ活用への積極性」であった。第4成分「薬剤使用量への意識」は電子指示書システムへの参加意欲に有意な影響力がなかった。電子指示書システムへの参加意欲の高い農家は、抗菌剤使用量を削減したいからではなく、むしろ、ITリテラシーのある農家が、今後の養豚業の業務・経営や管理の改善に活用するために参加したいと考えていることが判明した。

 電子指示書システムへの参加率を高めるには、電子指示書システムの参加のメリットや利便性、参加することによる経営改善の可能性、ITやデータ管理への高度な知識がなくても参加・対応ができることの強調が効果的であることがわかった。すなわち、政府にとって電子指示書システムの導入の目的は抗菌剤使用量の削減かもしれないが、農家の協力を得るためにはシステムの利便性を強調することが有効であると考えられた。

 第2主成分「IT志向性のない経営管理への積極性」は参加意欲に有意な影響を及ぼす変数としとしてモデルに残らなかった。第2成分では「IT知識の強弱」と「IT知識の向上意思」が負となっていたことから、「経営管理はしたいがITを用いてまでは考えていない」特徴を示すため、ITに関わる電子指示書システムへの参加には積極的ではなく、有意な影響を及ぼす変数とはならなかったと考えられる。

 また、「薬剤購入についての蓄積データの活用意思」、「PigINFO等のベンチマーキングシステムへの参加意思」は有意な影響が確認された第3主成分を構成し、電子指示書システムへの参加に影響を及ぼすことが示されたことから、今後、電子指示書システムの普及にあたり、その利便性もさることながら、電子指示書システムで蓄積されたデータの分析結果のフィードバックとその内容の充実を図ることにより農家の期待に応えることが重要となると思われる。

 最後の設問である、電子指示書システムの導入に対する自由回答欄では「システムの本来の目的以外のデータ利用可能性についての疑念」、「電子指示書システムは何を目的としているのかを明確にしてもらいたい」との意見もあり、電子指示書システムの目的、システムの仕組み、個人情報の漏出防止などについて積極的に情報提供することが大切であると考えられた。また、「抗菌剤の減量は指示書の電子化と特に関連性は低い」との意見もあった。日本獣医師会が各都道府県獣医師会に行ったアンケートでも、獣医師が家畜保健衛生所に提出した指示書写しが有効に活用されていないことが明らかとなっている[3]。システムで蓄積させたデータをフィードバックする内容を充実させることで、養豚農家や指示書を発行する獣医師へ薬剤耐性対策のために抗菌剤使用量(購入量)削減の意識の高揚を促し、ひいては電子指示書システムへの参加が抗菌剤使用量(購入量)削減に有用であることを広めていく必要がある。

 本研究では、農家の電子指示書システムへの参加意欲に有意に影響する要因として、農場規模に関するものは残らなかった。農場規模以外では、飼養衛生状況、獣医師の考えが電子指示書システムへの参加意欲に関連する可能性がある。しかし、これらに関連する情報が得られなかったことから、分析に含めることはできなかったため、これらの質問を含むアンケート調査をしてさらなる研究が必要である。また、「IT志向性のない経営管理への積極性」という層に着目し、彼らがITに対して具体的にどのようなストレスや不安要素を持っているのかをアンケート調査等で詳細に明らかにしていくことにより、現状では必ずしも電子指示書システム導入の意欲が高くない養豚農家にも、サービスを届けていく方策を検討していくことができると考えられる。

発表雑誌

雑誌名 Journal of Veterinary Medical Science, 2022 Apr 13. Online ahead of print.

論文タイトル Identifying the factors that affect the willingness of pig farmers to participate in the electronic prescription system

著者 Kyoko Fujimoto, Yuko Endo, Takashi Yokoyama, Hiroaki Sugino, Takeshi Sato, Takeshi Haga, Nozomi Kawamura, Katsuaki Sugiura

DOI番号 10.1292/jvms.21-0668

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座特任教授

杉浦 勝明(すぎうらかつあき)

Tel:03-5841-8214

E-mail:aksugiur<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。


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