新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の影響で中国からのアフリカ豚熱の侵入リスクは大幅に減少
発表者
杉浦勝明(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 教授)
呉 克昌(株式会社バリューファーム・コンサルティング 代表取締役)
加藤琢磨(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 大学院生)
久徳史明(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 共同研究員)
芳賀 猛(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)
発表のポイント
> アフリカ豚熱(ASF)の発生が依然中国などアジア諸国で続く中で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行下で日本へのASFの侵入リスクがどう変化しているかを予測しました。
> リスク評価の結果、ASFウイルスが日本に侵入する確率は、中国からの航空旅客の減少と外食産業から排出される食品廃棄物の減少により今年2月~6月の侵入確率は前年同月に比べ10分の1から7万分の1に減少していることが予測されました。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻の杉浦勝明教授らは、アフリカ豚熱(ASF)の発生が依然中国などアジア諸国で続く中で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行下で日本へのASFの侵入リスクがどう変化しているかを予測しました。杉浦教授らは以前開発した侵入リスク評価モデルを用い、新型コロナウイルス感染症流行下での中国からの航空旅客の減少、外食産業から排出される食品廃棄物の減少を考慮し、今年に入ってからの中国からの豚製品の違法輸入を通じたASFの侵入リスクを予測したところ、月間侵入確率は2020年1月4.2%(90%予測区間:0.0~24.9%)、2月0.45%(0~2.5%)、3月0.03%(0~0.2%)、4月0.0002%(0~0.001%)、5月0.00005%(0~0.0003%)、6月0.0009%(0~0.005%)でした。これは、前年の月間侵入確率が4%前後で推移したことを考えると、10分の1から7万分の1に減少したことを示しています。この減少は、中国からの航空旅客の減少と外食産業から排出される食品廃棄物の減少によるものでした。
発表内容
人や物の国際移動の増大に伴い、動物の感染症のまん延リスクが高まっています。特に、2018年8月に中国にアフリカ豚熱(ASF)が侵入して以降、中国内で拡大するとともに他のアジア諸国にも広がり、日本への侵入リスクが高まっています。
ASFについては、かつて豚肉製品の違法持込により侵入を許した国が多数あります。東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻の杉浦勝明教授らは以前、2019年までのデータを用いて中国からの航空旅客によって不法に持ち込まれた豚肉製品が加熱されずに残飯として日本の豚に給与されることにより、ASFウイルスが日本に侵入する年間確率は、20%(90%予測区間:0~90%)と予測しました(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20200507-2.html)。
しかし、今年に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により様々な水際対策がとられ、中国からの航空旅客が減少し、ASFウイルスの侵入確率が変化していることが考えられたことから、以前開発した侵入リスク評価モデルを用いて、COVID-19流行下で変化していると考えられる入力変数を変化させ、今年に入ってからの月間侵入確率を計算しました。新型コロナ流行下で変化していると考えられる入力変数として、中国からの航空旅客数の減少およびレストランの営業時間短縮に伴う食品廃棄物量の減少が考えられました。
すなわち、COVID-19の防疫対応の一環として、日本政府は2020年2月14日のCOVID-19を検疫法に基づく検疫対象疾病に指定し、日本への旅行者に対して入国制限を課しました。 中国の一定地域とCOVID-19流行の疑いのある地域からの入国者は、検疫を受けるよう指示されました。また、2020年1月31日以降、出入国管理及び難民認定法に基づき、COVID-19患者とみなされた外国人は日本への入国が拒否されました。 これらの措置の結果、2020年の最初の6か月間、中国からの航空旅客数は対前年比で、1月+ 22.6%、2月-87.9%、3月-98.5%、4月-99.97%、5月-99.996%、6月-99.97%と、2月以降大幅に減少しました。
レストランの営業時間短縮については、日本政府が大規模なイベントの中止を要請した2月最終週からレストランで外食する人の数は減少し始めました。この減少は、東京都知事が外出制限を要求した3月下旬に加速されました。 4月7日、総理大臣は、東京その他6県の住民に不要不急の外出制限を緊急要請し、レストランの営業時間短縮を要請しました。これらの措置により、レストランの活動は劇的に減少しました。日本フードサービス協会の調査によると、2020年1~6月のディナーレストランの売上高は対前年比で、それぞれ102.3%、97.4%、59.5%、16.0%、28.5%、57.0%でした。違法輸入された豚肉製品を含む食品廃棄物は、これらの割合で減少したと仮定しました。
これら2つの入力変数を変化させて、月間侵入確率を計算したところ、2020年1月4.2%(90%予測区間:0.0~24.9%)、2月0.45%(0~2.5%)、3月0.03%(0 ~0.2%)、4月0.0002%(0~0.001%)、5月0.00005%(0~0.0003%)、6月0.0009%(0~0.005%)でした(図の赤破線)。これは、前年の月間侵入確率が4%前後であった(図の青破線)ことを考えると、10分の1から7万分の1に減少したことを示しています。
この研究で使用されたモデルは外国人労働者に関連する侵入リスクを考慮しませんでしたが、このリスクは入国制限の下で日本の農場で働く外国人労働者数が低水準にあることを考えると侵入確率はさらに低くなると予測されます 。
COVID-19流行下でASF侵入リスクに影響を及ぼす要因が変化している中で、最新のデータを用いて定期的に侵入確率を計算することにより、予測されるリスクに応じて、バイオセキュリティ水準の強化など適切な対策の検討に参考となる情報を関係者に提供することができます。口蹄疫や豚熱など他の海外疾病の侵入リスクもCOVID-19流行下で同様に低くなっていることを考えると、農家はたとえば、獣医師と相談して衛生管理計画を作成したり、豚舎の改修、レイアウトの変更、防疫柵の設置など農場バイオセキュリティを強化するための構造変更を行ったりする絶好の機会と考えられます。
図1 2019年におけるアフリカ豚熱の月間侵入リスクの推移。●は平均値、エラーバーは90%予測区間。はめ込み図は2020年3月~6月の拡大図。
発表雑誌
雑誌名Transboundary and Emerging Diseases
論文タイトルChange in the ASF entry risk into Japan as a result of the COVID-19 pandemic
著者Katsuaki Sugiura*, Katsumasa Kure, Takuma Kato, Fumiaki Kyutoku and Takeshi Haga(*責任著者)
DOI番号10.1111/tbed.13836
論文URL後日掲載予定
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 国際動物資源科学研究室
教授 杉浦 勝明(すぎうら かつあき)
Tel:03-5841-5383
E-mail:aksugiur[at]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp ※[at]を@に変えてください
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